研究業績

著書

著書・学術論文等の名称 単著共著の別 発行又は
発表の
年月日
発行所,発表雑誌等
又は発表学会等の名称
概    要
1『マレーシアハンドブック 第8版』
(査読無)
共著 平成20年
(2008年)
4月
マレーシア日本人商工会議所 「Ⅰ 地理・歴史」「Ⅱ 政治・行政」「Ⅲ 社会・文化・生活(1)多様な民族構成(2)宗教」(P1-P18、P 27-P32)の執筆を担当。マレーシアの地理および近現代を中心とした先史時代以来の歴史、政治史、行政機構、司法制度、国民を構成する諸民族の文化、生活と宗教の概要を記述した。塩﨑悠輝、篠崎香織他73名による執筆。
2 “The State and Ulama in Contemporary Malaysia”
(査読有)
共著 平成22年
(2010年)
3月
Amsterdam University Press 20世紀後半マレーシアにおけるウラマー(イスラーム学者)の政治・社会活動を記述し、従来在野で行われてきた宗教教育や慈善活動がウラマーの公務員化等を通して国家に組込まれてきたことを明らかにした。Parvizi Amineh. ed. Society and International Relations in Asia.所収(P95-P104)。Yuki Shiozaki他13名による執筆。
3“Ulama Network as Conveyor of Islamic World Trend:
Connecting Malaysian Politics to the Muslim Ummah by Islamic Party of Malaysia (PAS)”
(査読有)
共著 平成24年
(2012年)
6月予定
未定 ウラマーの国際的なネットワークが中東等からマレーシアにイスラーム政治思想上の影響をもたらし、有力な野党であるマレーシア・イスラーム党(PAS)の政策決定にも大きく作用していることを明らかにした。国際協力機構(JICA)研究所で三回にわたり開催された東南アジアのイスラームに関するワークショップの成果物である。飯塚正人・見市建編、掲載頁未定。

学術論文

著書・学術論文等の名称 単著共著の別 発行又は
発表の
年月日
発行所,発表雑誌等
又は発表学会等の名称
概    要
1「Islam Hadhari-アブドゥッラー政権におけるイスラーム政策の指針」
(査読有)
単著 平成17年
(2005年)
5月
『JAMS News』(日本マレーシア研究会会報)32号 マレーシアのアブドゥッラー・バダウィ―首相の政権(2003~2008年)において行政の指針として掲げられた「Islam Hadhari(文明的イスラーム)」について解説した。この指針はマハティール前首相が進めてきた行政の「イスラーム化」を継続し、政権の正当性を示そうとしたものであった。
2「政府主導によるイスラーム化の中のシャリーア裁判制度発展」
(査読有)
単著 平成18年
(2006年)
3月
『JAMS News』34号 マレーシアは英国の影響が強い「一般法」とイスラーム法が反映されたとされるムスリムのみを適用対象とした(ムスリム法)を併存させる「二元的法制度」を有している。裁判所もこれに対応して「一般裁判所」と「シャリーア裁判所」の二種類がある。マハティール政権以来進められてきた「イスラーム化」政策にはシャリーア裁判所の管轄範囲拡大も含まれていたが、非ムスリムの反発もあった。
3「マレーシア・ムスリム社会におけるイスラーム主義運動と公共圏の形成」
(査読有)
単著 平成18年
(2006年)
11月
『一神教学際研究』3号 修士課程における研究の成果をまとめたものである。マレーシアをフィールドとして、近代ムスリム社会の公共圏の形成におけるイスラーム運動の役割を分析した。権威主義的な政府がメディアを統制しているムスリム社会において、反体制的なイスラーム運動が政府系メディアに対する対抗的な言論の場を提供していることを記述し、このようなイスラーム的対抗公共圏がムスリム社会の公共圏形成において決定的に重要であることを論じた。
4“Formation of Public Spheres and Islamist Movements in Malay Muslim Society of Malaysia”
(査読有)
単著 平成19年
(2007年)
2月
Journal of the Interdisciplinary Study of Monotheistic Religions, Volume 3, 3の論文の英訳である。
5「第12回マレーシア総選挙概要」
(査読有)
単著 平成20年
(2008年)
3月
『JAMS News』40号 2008年3月に実施されたマレーシア総選挙の直後に、野党連合躍進の原因と今後予想されるマレーシア政治の枠組みの変化について分析した。2008年までは与党連合は多民族から広く支持を得ることで圧倒的多数の議席を保持してきたが、マレー人ムスリムを優遇するいわゆるブミプトラ政策の結果、華人の支持を失い、野党連合が議席を大きく伸ばすこととなった。
6「マレーシア・イスラーム党(PAS)の新路線と第12回マレーシア総選挙」
(査読無)
単著 平成20年
(2008年)
7月
論文集山本博之編『JAMS Discussion Paper 1「民族の政治」は終わったのか?2008年マレーシア総選挙の現地報告と分析』 2008年総選挙において野党連合の構成党の一つであるマレーシア・イスラーム党(PAS)が躍進した背景には、同党がシャリーアに基づく「イスラーム国家」の樹立を強調していた路線から、マレー人ムスリム以外の多民族に配慮して「福祉国家」を目指す路線に転換し、非ムスリムの政党やNGOとの連携を進めていったことがあった。
7「マレーシア人と宗教」
(査読無)
単著 平成20年
(2008年)
12月
『季刊 マレーシアレポート』2008/09年冬号、Vol.1.No.3. マレーシア国民は多民族・多宗教で構成されているが、社会集団を構成する最も主要な要素は宗教である。マレー人はイスラーム、華人は仏教・キリスト教・道教、インド人はヒンドゥー教等を信仰していることによって、各々の民族集団の構成員と見なされる。民族集団は、宗教集団であるとともに、政治、宗教、教育その他の社会活動を共にする集団でもある。宗教が、国民各々のアイデンティティの主要な要素となっている。
8「現代ムスリム国家における主権と世俗主義批判―マレーシアにおけるイスラーム主義運動と国家論―」
(査読有)
単著 平成22年
(2010年)
2月
『一神教世界』1号 近代ムスリム国家マレーシアを事例として、立法権としての主権という概念がイスラーム的背景を前提とした法制度においてどのように具現化されてきたのかを論じた。政府は一般法制度とムスリム法制度という二元的法制度を併存させてきたが、イスラーム主義者たちは世俗主義の克服とシャリーアに基づく一元的法制度を主張し、近代国家における「神の主権」の具現化を求めてきた。一方政府は漸進的な「イスラーム化」政策を推進した。
9“The Muslim Society in Japan: Their Interaction with the Japanese Society”
(査読有)
単著 平成22年
(2010年)
12月
Katha: The Official Journal of the Center for Civilizational Dialogue. Vol. 6. 日本に居住するムスリムは10万人程度であるが、その内のほとんどは外国籍であり、ほとんどは永住者ではない。そのため、在日ムスリム社会とそれ以外の日本社会の間には大きな相互影響は未だ見られず、大きな問題も起きていない。しかしながら、個々人のムスリムの間では、日本社会の価値観と相容れることのできない事例が見られる。その内の大きい問題は、日本の宗教の多くに見られる先祖崇拝である。
10「マレーシアの公的ファトワー管理制度―近代国家によるシャリーア解釈権独占の試み―」
(査読有)
単著 平成23年
(2011年)
2月
『イスラム世界』76号 他のムスリム諸国には類を見ないファトワー管理制度が、なぜマレーシアで発展してきたのかを論じた。同制度の特徴は、統治者の権威下にあるイスラーム宗教評議会のみがファトワーを出せること、ファトワーが官報に掲載されるとムスリムは従わねばならず、違反あるいは異論を唱えると罰せられると法律で定められていることである。同制度は、政府の政策がシャリーアに反していると非難するウラマーの勢力が大きかったためにできた。
11博士学位論文『近代国家とイスラーム―20世紀マレーシアのファトワーに見られる国家とウラマーの対立―』
(査読有)
単著 平成23年
(2011年)
3月
同志社大学大学院神学研究科博士論文 20世紀マレーシアでシャリーア解釈権をめぐって近代国家とウラマーの間で起きたせめぎあいがどのように収斂していったのかを明らかにした。国家によるファトワー(教義回答)統制を「ファトワー管理制度」と呼び、近代ムスリム国家においてイスラームの言説がどのように変質させられ、それに対してウラマーがどのように対立、あるいは妥協してきたかを論じた。19世紀末から現在までの多数のファトワーを主な史料として用いた。
12 الاحتلال الياباني لجنوب شرق آسيا أثناء الحرب العالمية الثانية
والدراسات الإسلامية في اليابان

(「第二次大戦期における日本の東南アジア占領と日本のイスラーム研究」)
(査読有)
単著 平成23年
(2011年)
10月予定
Japanese and Oriental Studies. No. 4. 1940年代前半、占領統治の必要から、多くの日本人イスラーム研究者が東南アジアにおけるイスラームの研究に動員された。本論文は、特にインドネシアおよびマレー半島におけるイスラームに関する当時の研究の実態と成果を論じた。井筒俊彦をはじめ多くの研究者が動員されたが、マレー・インドネシア語と現地の事情に通じた研究者が非常に不足していたため、ほとんどはオランダ人研究者等による先行研究の翻訳にとどまった。

口頭発表

著書・学術論文等の名称 単著共著の別 発行又は
発表の
年月日
発行所,発表雑誌等
又は発表学会等の名称
概    要
1「マレー人社会におけるイスラーム主義運動と公共圏の形成」
(査読有)
単独の口頭発表 平成17年
(2005年)
12月
日本マレーシア研究会第14回研究大会(於上智大学) マレーシアのように権威主義的な政府がメディアを統制しているムスリム社会において、反体制的なイスラーム運動が政府系メディアに対する対抗的な言論の場を提供している現象を記述し、このようなイスラーム的対抗公共圏がムスリム社会の公共圏形成において決定的に重要であることを論じた。
2「マレーシアのイスラーム主義:なぜ武闘にならないか-イスラーム法における「反乱」の条件」
(査読有)
共同の口頭発表 平成18年
(2006年)
5月
アジア政経学会2006年度東日本大会(於東海大学) 『東南アジアにおけるイスラームの新展開』と題された金子芳樹、中村光男、河野毅、黒田景子との共同発表。イスラーム法において政府への武力反乱が正当化されうる条件を論じた上で、マレーシアのイスラーム主義勢力の大部分がなぜ武力反乱という手段をとらず、他のムスリム諸国と比べて武力を用いた事件が少ないのかを明らかにした。主な理由は、政府が「イスラーム化」政策でイスラーム主義勢力を取り込んでいることである。
3“Islam and State in Malaysia”
(査読無)
単独の口頭発表 平成18年
(2006年)
6月
ISTAC Forum, International Institute of Islamic Thought and Civilization (ISTAC), International Islamic University Malaysia, Kuala Lumpur, Malaysia イスラーム法において統治機構が存在する目的は、1)シャリーアに基づいた統治を実現すること、2)人民の福利のため、の二つであるというイブン・タイミーヤの古典的な学説について論じた上で、このようなイスラーム法の学説が現代のマレーシア政府の行政や政治においても大きな要素であることを指摘した。
4「タイ深南部パターニーにおける分離独立運動とマレーシアの政治制度」
(査読有)
共同の口頭発表 平成18年
(2006年)
12月
日本マレーシア研究会第15回研究大会(於立教大学) 「マレー世界における分離独立運動の諸相―解決する紛争、しない紛争―」と題された川島緑氏、西芳実氏、川端隆史氏との共同発表。タイ新南部で続くマレー系ムスリムの分離独立運動と武力事件の背景には、タイ政府による同化政策、特に宗教と言語への抑圧があることを指摘した上で、多民族の共存が公認、すなわち各民族の言語教育と宗教実践が認められている隣国マレーシアと比較した。
5「ファジル・ヌールの時代―現代マレーシアのウラマー」
(査読有)
単独の口頭発表 平成18年
(2006年)
12月
中東・イスラーム研究セミナー(於東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所) 1990年代にマレーシア・イスラーム党(PAS)の総裁を務めたファジル・ヌールのライフ・ヒストリーを総覧しつつ、同時代を生きたウラマーの多くが類似した経歴(中東への留学、イスラーム運動への参加)をたどった結果、同じような学識や思想(アズハル大学のカリキュラムやムスリム同胞団の思想)を共有した。その上で、ウラマーのネットワークが政府の内外で連携して「イスラーム化」を推進した。
6“The State and Ulama in Contemporary Malaysia
(査読有)
単独の口頭発表 平成19年
(2007年)
8月
5th International Convention of Asia Scholars, Kuala Lumpur, Malaysia 20世紀後半マレーシアにおけるウラマー(イスラーム学者)の政治・社会活動を記述し、従来在野で行われてきた宗教教育や慈善活動がウラマーの公務員化等を通して国家に組込まれてきたことを明らかにした。
7“The Muslim Society in Japan: Their Interaction with the Japanese Society
(査読無)
単独の口頭発表 平成20年
(2008年)
10月
Civilizational Dialogue Seminar, Centre for Civilizational Dialogue, University of Malaya, Kuala Lumpur, Malaysia 日本に居住するムスリムは10万人程度であるが、その内のほとんどは外国籍であり、ほとんどは永住者ではない。そのため、在日ムスリム社会とそれ以外の日本社会の間には大きな相互影響は未だ見られず、大きな問題も起きていない。しかしながら、個々人のムスリムの間では、日本社会の価値観と相容れることのできない事例が見られる。その内の大きい問題は、日本の宗教の多くに見られる先祖崇拝である。
8“Islam in Southeast Asia and Establishment of Modern States”
(査読無)
単独の口頭発表 平成21年
(2009年)
3月
JICA Workshop on “Locating Islam in Southeast Asia and Harnessing its Development”, Tokyo 東南アジア地域のムスリムが、植民地化と近代国家の成立の結果、複数の国家に分断されたことを指摘した上で、ムスリムが多数派の国(インドネシア、マレーシア、ブルネイ)では、行政の「イスラーム化」が政治の争点となり、ムスリムが少数派の国(タイ、フィリピン、シンガポール)では、分離独立や少数派の権利確立が争点となっていることについて論じた。
9“Is Islam Really the Solution? : Arguments on State-Form in Malaysia and  Other Muslim Countries”
(査読無)
単独の口頭発表 平成21年
(2009年)
11月
JICA Workshop on “Islam and Development in Southeast Asia: Southeast Asian Muslim Responses to Globalization”, Singapore エジプトでムスリム同胞団が唱えた「イスラームこそ解決」というスローガンは、アズハル大学への留学生を通して1980年代以降には東南アジアのイスラーム運動にも共有されるようになっていった。このスローガンは、シャリーアに基づく「イスラーム国家」樹立こそが経済や社会の諸問題を一挙に解決で来ると主張したものであるが、イスラーム運動のみならず、政府の政策にも大きな影響を及ぼしていることを指摘した。
10「Kedaulatan Islamの概念―マレーシアにおけるイスラームと立法権としての主権の概念―」
(査読有)
単独の口頭発表 平成21年
(2009年)
12月
中東・イスラーム研究セミナー(於東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所) 近代国家における立法の全てをシャリーアに基づくようにすることによって「イスラーム国家」を実現するのがイスラーム運動の目標である。一方、マレーシア憲法ではスルタンら統治者が「イスラームの首長」と規定されており、教義を含め、全てのイスラームに関わる活動の決定権(Kedaulatan Islam)を持つとされる。この体制は「「イスラーム国家」とは異なるものであり、イスラーム運動からの批判が続いている。
11“Ulama Network as Factor in Domestic Politics: Connecting Malaysian Politics to the Muslim Umma by Islamic Party ofMalaysia (PAS)
(査読無)
単独の口頭発表 平成22年
(2010年)
7月
JICA Workshop on “Islam and Development in Southeast Asia: Southeast Asian MuslimResponses to Globalization”, Tokyo ウラマーの国際的なネットワークが中東等からマレーシアにイスラーム政治思想上の影響をもたらし、有力な野党であるマレーシア・イスラーム党(PAS)の政策決定にも大きく作用していることを明らかにした。ネットワークは中東のみならずインドネシアや南アジアにも広がっており、留学や巡礼を通して拡大した。
12“Fatwa Control System and Restrictions on Islamic Discourses in Malaysia
(査読有)
単独の口頭発表 平成22年
(2010年)
12月
International Conference on “Rethinking Realities, Reimagining Pluralism: Future Landscapes of Pluralism for Democratic Societies", National Universityof Malaysia, Kuala Lumpur, Malaysia 他のムスリム諸国には類を見ないファトワー管理制度が、なぜマレーシアで発展してきたのかを論じた。同制度の特徴は、統治者の権威下にあるイスラーム宗教評議会のみがファトワーを出せること、ファトワーが官報に掲載されるとムスリムは従わねばならず、違反あるいは異論を唱えると罰せられると法律で定められていることである。同制度は、政府の政策がシャリーアに反していると非難するウラマーの勢力が大きかったためにできた。
13 「マレーシアのファトワー管理制度とカーフィル論争」 単独の口頭発表 平成23年(2011年)
12月
東南アジア学会第86回研究大会(於東海大学) 20世紀、特に1950年代を中心にマレー半島で読まれたファトワー(イスラームの教義に関する質問に対しての回答)と公的なファトワー管理制度の発展を分析することで、イスラーム活動を統制しようとする政府とウラマーの間の対立がどのように推移していったのかを明らかにした。特に連立政権における非ムスリムとの連携の是非をめぐる対立に焦点を当てた。史料の分析を通して、中東への留学を通して移入されたシャリーア解釈を根拠に政府批判を続けたウラマーに対して、近代国家の法制度による教義解釈の統制という、イスラーム世界の歴史では類のない試みがとられるようになった経緯を読み解いた。
14”Guidance on Interreligious Relationship in Southeast Asian Fatāwā:
Significance of Religious Jurisprudence in Interreligious Relationship”
単独の口頭発表 平成24年(2012年)
2月
International Symposium Conflicts and Enrichment Through Interreligious Encounters
“Remembering the Past and Envisioning the Future of Judaism, Christianity and Islam”, Kyoto International Conference Center, Kyoto
 

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